遺産相続

認知症の父が作成した遺言も有効?

2017.11.22
遺産相続|弁護士ニュース

認知症の父が作成した遺言も有効?

<相談内容>

先日父が死亡し,相続人は私と兄の2人です。先日,兄が預かっていたという父の遺言書を見せてきました。それは全財産を兄に譲るという内容で,半年前の日付の公正証書によるものでした。しかし,父は1年ほど前から認知症と診断されていて,認知症の父が作成した遺言も有効なのか疑問があります。兄は「俺が父さんを言いくるめてこの遺言を作らせたって言いたいのか。公正証書になっているから遺言に問題はない。」と言っています。私は,この遺言に従わなければならないのでしょうか。

遺言を作成するには,遺言能力が必要とされています(民法963条)。遺言能力とは,自分の行為の結果を判断できる精神能力のことをいいます。このような能力のない人の行為は,自己の意思に基づく行為といえないため,遺言も遺言者の意思に基づいて作成されたものといえず,無効になってしまいます。公正証書遺言のように方式に不備のない遺言であっても,作成時に遺言能力がなければ,その遺言は無効です。今回は,遺言能力についてご説明していきます。

1 遺言能力

 遺言能力がないとして無効とされた近時の判例としては,以下のものがあります。

⑴ 東京高判平成12年3月16日

遺言者は平成3年頃から精神変調が始まり,遺言作成の平成5年頃には痴呆の症状が現れ,デイホーム施設内で,無気力な態度を示したり,自分の発言内容をすぐに忘れる一方で,昔のことを繰り返し話したり,粘土を食べようとする異食行為や,ごみ箱や室内の植木への排尿などの異常行動が見られた。また,「改訂長谷川式簡易知能評価スケール」でも重度の知的障害があると評価されたこと,長年にわたり遺言者と同居してきた家族の発言,主治医の診断内容等から,遺言作成当時,遺言者は痴呆状態にあり,複雑な内容の遺言ができる精神状態になかったとして,88歳の遺言者による公正証書遺言が無効とされた。

「改訂長谷川式簡易知能評価スケール」とは,おおまかな知能障害の有無や程度を簡易に測るために考案されたもので,本人の年齢や,当日の年月日などの比較的簡単な問題に答える形式で,記憶,記銘を中心に見当識,計算,一般知識などの項目から構成されています。30点満点で,20点以下だと認知症の疑いが強いとされています。

⑵ 東京高判平成21年8月6日

遺言者は,平成8年頃から地方の症状が顕著となり,このころアルツハイマー病を発症したことが推認される。平成9年には脳梗塞で倒れ,見当識障害,記憶障害等の症状が認められるようになり,アルツハイマー病と脳梗塞の合併症により痴呆が重症化した。平成12年に実施された「改訂長谷川式簡易知能評価スケール」では8点と,やや高度の痴呆とされている。遺言作成の平成13年当時にも,見当識障害,記憶障害等の症状は持続しており,アルツハイマー病と脳梗塞の合併した混合性痴呆症によりやや重い痴呆状態にあったものと認められ,遺言能力が欠けていたとして自筆証書遺言が無効とされた。

⑶ 東京高判平成22年7月15日

遺言者は,遺言作成当時,認知症の症状下にあり遺言事項の意味内容や遺言をすることの意義を理解できていなかったとして,公正証書遺言が無効とされた。
公正証書の作成に関与した司法書士等が,公正証書作成当日の遺言者との会話の中で,その受け答えに基づいて遺言者に遺言能力があると感じたという事情があったが,司法書士は当日初めて遺言者に会ったものであること,遺言者は当時87歳で介護老人保健施設に入所しており,公正証書の作成を依頼した親族により車椅子に乗せられてきたこと,司法書士等は遺言者を診察したことのある医師や遺言者の介護にあたっていた介護施設職員の意見を聴取していないことを考えると,遺言者に遺言能力がないという認定が妨げられることはない。

 これらのように,判例では,具体的な事実関係を検討した上で,遺言能力の有無について判断しています。そのため,遺言作成当時に遺言能力があったかどうか判断するためは,病院の入通院カルテや介護施設での記録を収集し,調査する必要があります。

2 無効を主張したい場合の手続き

 遺言能力について調査をした結果,遺言能力がないと思われる場合には,他の相続人を相手方として,地方裁判所に遺言無効確認訴訟を提起することになります。そして,訴訟の結果,裁判所が遺言書は無効であると判断した場合には,遺言の無効が確定し,相続人は遺産分割協議により分配方法を決めることになります。他方で,遺言書は有効であると判断された場合でも,遺言の内容によっては他の相続人に対して遺留分を請求する余地があります。但し,遺留分減殺請求権は,1年の消滅時効があり,遺言無効確認訴訟中に時効を迎えてしまう場合もあるので,遺言無効確認訴訟を提起する際に,予備的に遺留分減殺請求について予め主張しておくケースもあります。

3 まとめ

 今回は,遺言能力についてご説明しました。遺言作成時に遺言能力がなければ,遺言は無効となってしまいます。公正証書遺言を作成する際には,公証人が遺言者と面談するため,後から遺言能力がないとして無効とされることはないと思われるかもしれません。しかし,認知症でも個人の性格によっては穏やかに対話できる場合もあります。当日初めて会い,わずかな時間面談をしただけの公証人には,遺言者の意思能力を判断できないこともあり,ご紹介した判例のように遺言が無効とされるケースもあります。せっかく作成した遺言の効力が争われないために,ご年配の方が遺言を作成する際には医師の診断書をもらっておくことをお勧めします。
 また,相続人として遺言能力に疑問を抱いた場合には,カルテや施設の記録を収集し調査することになります。病院や施設が記録を開示してくれるとは限らないため,弁護士に依頼して収集・調査を行うことになるでしょう。遺産が処分されてしまうと法律関係が複雑になるので,できるだけ早めに相談されることをお勧めします。

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